介護施設グループホームは、認知症(痴呆症)のお年寄りが、できるだけ家庭的な雰囲気の中、大体5~6人程度の少人数で共同生活を送ることで、認知症の症状の進行を緩和させ、よりよい日常生活を送ることができるように支援することを目的とした施設です。
最近、このグループホームのニーズも年々高まり、急増を見せています。
我が国では、厚生労働省が、プラン21を作成し、これに基づき、これまで設置目標がなかった認知症高齢者グループホームの整備を進めています。
また、2000年度に制定された介護保険法に基づく介護保険制度により、介護サービス給付が利用できるようになったこともあり、介護施設グループホームはさらに急増の気配を見せています。
通常、介護保険制度では、グループホームといえば認知症高齢者向けの介護施設を意味します。
ただし、東京都の目黒区のように知的障害者グループホーム条例を制定している自治体もあります。
我が国は世界でも例を見ない速さで高齢社会の進展を見せています。
これに伴い、早急に解決しなければならない様々な課題も出ています。
特に、認知症対策は避けて通ることのできない重大な課題といえます。
海外では、福祉先進国を中心に介護施設グループホームの取組みも普及し、「認知症の症状が軽くなった」「元気を取り戻した」など、さまざまな面で実績をあげています。我が国も、こうした海外の動きを受け、介護施設の新しい形としてのグループホームが活動を始め、急増することになりました。
認知症の高齢者が集団で生活することで、自らの生活を自分たちで行なうことができるようになり、認知症の治療に大きな効果を発揮することになります。
これは、他人に認めてもらいたい気持ち、存在意義等を強く意識することが影響するようです。
「自分が役にたっている」とか「私がいないとだめだ」等の気持ちになり、また介護を行う人も、それを認める。
そこにグループホームの存在意義があるでしょう。
家事や買い物、散歩などの日常生活を通じて高齢者の方の有する能力を引き出し、その方の能力に応じ、自立した生活を営むことが出来るようスタッフが援助をおこなう。
さらに、趣味活動も、本人の希望する限り、日常生活の中に取り入れます。
また、季節の行事などをとり入れ、楽しく参加していただくと共に、積極的に外出をし地域との交流をはかります。
こうした中で、グループホームで生活する人は、人間性も豊かになるのです。
介護施設 グループホームとはどの様な特徴やサービス内容があるのでしょうか?
まず始めに、介護施設グループホームという単語がウェブで確認出来なかった為に、
句ごとの意味を大辞林で調べて、自分の言葉で咀嚼したい。
介護とは「病人などを介抱し看護すること」
施設とは「ある目的のために建物などをもうけること。また、その設備」
グループホームとは「数人の認知症高齢者が共同住居に住み、職員とともに日常の家事を行うことで症状の進行を遅らせ、家庭介護の負担を軽くする施設」、と記載されていた。
この事より、「介護施設グループホーム」と言うものは、
「認知症高齢者を看護する目的のためにもうけられた共同住宅形式のもの」と定義する。
こうした介護施設グループホームは近年急増していると言う事は、
実際に私の実家もこのような事業を始めた事から判断する事が出来る。
ただ、この介護施設グループホームの急増は「流行っているから」などと言った陳腐な言葉で片付けられる程、単純なものでは無い。
このような言葉があるかは判らないが、「流行らざる(急増せざる)を得ない」ものであり、
その背景にある避けられない事実は、「少子高齢化」である。
私の地元などが最も顕著にその煽りを受けている町である。
私の地元は、人口が1万人にも満たない北海道の片田舎であり過疎化が著しい。
仕事が無いから若者もいなく、若者がいないから仕事が無いという負のサイクルが年々拡大している。
故に、高齢者が置き去りにされてしまっているのだ。
それに危惧した私の両親は立ち上がった。
自営業で行っている建設会社で、そういった介護施設グループホームを竣工し、しばらくは二束の草鞋で運営を行う。
そして、介護施設グループホームが軌道に乗ってきたら徐々に方向転換を行い、
ゆくゆくは建設会社を畳んで、介護施設グループホーム一本でやって行き、
そして最終的には両親もそこに住むというライフプランを考えている。
私は始めてその話を聞いた時に涙を流した。
そうした両親の決意と、そのような事情を持つ田舎を離れた心苦しさに
以上のように、私の田舎で両親が建設した介護施設グループホームはあくまで一例ではあるが、そう考える人間が増えた事が、この介護施設グループホームの急増に繋がっている筈である。
感情の無い発言に聞こえるかも知れないが、高齢者の急増は1つのビジネスである。
こうした介護施設グループホームの急増もはっきり言えばビジネスであるが、福祉に繋がるビジネスと言うものは素晴らしいと言う事は判るし、
そうした決断をした両親を私は誇りに思う。